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古武術随筆録 「柔心左右衛門の独言」
その二 松浦静山から学ぶ
江戸時代、肥前平戸の第34代藩主であった、松浦静山。
文武両道の達人としても知られ、
多くの含蓄のある文章を残してくれている。
最近では、阪神の元監督、野村監督が、
「勝ちに不思議あり、負けに不思議なし」(正確な表現は忘れたが)
とスポーツ新聞上で語っていたが、
これも松浦静山からの引用でした。
「道場は楽屋 普段は本舞台」
世間の諺に
「楽屋に声を枯らす(本舞台に出る前に声が出なくなってしまう)」
というのは、もっともな言葉である。
近頃、講釈などといって席に並んで経書の講義を聴く者を見ると、
まことに立派な様子をしている。
ところが、その席から一旦退いてしまうと、
ため息をつく、欠伸をする、笑い戯れるといった具合で、
たちまち講義の内容とは裏腹の姿になってしまう。
これは講義の席が表、
普段の生活を裏と思っているからこうなるので先程の諺の通りである。
講義の席は、ものを学ぶ場所であるから、楽屋に例えよう。
普段の生活は実践の場所であるから舞台である。
楽屋は音色を合わせる場所であり、ここでは幾らでもやり直しをする事ができる。
しかし舞台に出てからはやり直しが出来ないのだ。
ここをよく考えねばならない。
剣術についても同様で、道場が裏、普段の生活が表である。
それを、道場で見事でさえあれば十分と思い込んでいるのは、
愚かな話である。
剣術も道場が楽屋、
普段の生活が舞台であることをよくわきまえよ。
先程述べた通り、舞台ではやり直しは許されない。
しかし道場では幾らでも練習を繰り返す事が出来るのである。
とかく剣を学ぶ者は、楽屋と舞台を取り違えて考えがちである。
「日頃の立ち振る舞いと剣の技の繋がり」
剣術においては、人の立ち振る舞いによって、
その腕前の程度を知ることが出来る。
始終、頭を物にぶつけ、
向きを変えようとすれば後ろの物に尻をあて、
立とうとすれば戸障子にぶつかり、
或いは置いてある物につまずき、
泥道で滑りなどをする者は、
その剣の技におうても粗雑な人である。
従って、日頃から人の動きを観察して、その人の程度を知っておくのがよい。
「平心の術」
色々な所で他流試合と称し、
人とその技を競い、
誰は誰に勝ったなどと誉めそやしている。
恐らく誉められた人は、己の技が優れているものと思うであろうが、
予はそうは思わない。
我が流派の精神によって言えば、
一時の勝利は生涯の勝利ではない。
例えその人に勝ったといっても、
一生その人に勝ったということにはならないのである。
秘伝だが敢えて言おう。
勝利したかしないを一時の結果だけで言うのは無意味なことである。
そうではなく生涯の勝利こそ勝利とするのが平心の術である。
もし剣の修行者でこの意味を悟ることが出来たなら、
その人こそ皆伝を受けるに足る人であろう。
※参考文献;『武道教伝書』(吉田 豊編 徳間書店) 『剣道日本』1985年10月号
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